とある問題集を解いていて思い出しました。あ、この問題は生徒のSくんが間違えた問題だった、と。

 

そのときは自分の部屋で1人で問題を解いているときで、突然Sくんの顔が浮かんだのです

 

先生あるあるの一つ「生徒が間違えた問題というのは先生の方が覚えている」というやつです。実際に授業で先生は教えたことを覚えていても生徒は全然覚えていないなんてことがよくあるわけです(そして先生がいくらそんなことを覚えていても何の意味もないんですよね)

 

この先生あるある、個人的にどうしたものか?と思っていたら、その答えがわかったのでした。

記憶のトリガー

僕自身、英語のことをもりもりと覚えているわけですが、そのときに重要だと思っているのが、記憶のトリガー(引き金)です。

 

例えば、escapadeという英単語があります。これを覚える場合、英和辞書を引くと「はらはらする冒険(行為)」という意味が出てきます。そして、そのescapadeは「はらはらする冒険」だと覚えればいいはずです。

 

たぶん英単語がなかなか覚えられない人は、escapadeと「はらはらする冒険」を同程度に覚えようとしているような気がするんです。二つがどーんと一気に思い出せないといけないみたいな。

 

個人的には何よりもまずトリガーなんです。トリガーがなければ何も引き出すことができない。トリガーのない記憶は、ただの情報として頭の片隅に消えて行ってしまう。つまりescapadeと「はらはらする冒険」が同じように並んでいたら、トリガーがないので何もそれらを記憶の底から引き上げる手段がなく沈んで行ってしまう。

 

トリガーとは?

「escapade」は僕にとってトリガーなわけです。まずこの同じものはないアルファベットの並び。またescap-という接頭辞もトリガー。さらにこの単語の発音も確認しているので、その音声もトリガー。あとは、この単語に出会ったテキストもトリガー。

 

トリガーが豊潤なだけ、引き出せる情報も確かなものになります。もちろん今回の場合トリガーが呼び起こすべき記憶は「はらはらする冒険(名詞)」です。

 

トリガーが先で、呼び起こす記憶はその後。順番が明確にあるわけです。

 

そして、呼び起こしたい記憶は必ず長期記憶の保管所である無意識に置くこと。短期記憶に置いてすぐに消えてしまったら、トリガーがあろうが何も引き出せないからです。

 

ちなみにトリガーってキー(鍵)ぽいんだけど、やはりトリガーの方がそれっぽいです。なぜならキーでドアを開くというより、トリガーを引いて弾丸がビューンと飛び出してくるように、脳にあった記憶がびゅんと意識の上に飛び出てくる感じです。

 

トリガーの例

例えば、街を歩いていて特定の匂いをかぐと特定の記憶が引き出されたりしません?春の匂いや雨の匂いと結びついた記憶があるだろうし、別れた恋人の香水の匂いだってあるだろうし、そもそもマックの匂いでも構いません(苦笑)。

 

匂いはトリガーで、びゅん!と唐突に記憶が蘇るわけです。それまで全くそんなこと考えていたわけでもないのに、トリガーによって記憶が立ち上がるわけです。

 

これはPTSD(心的外傷後ストレス障害)やトラウマにも当てはまると思います。ある種のトリガーによって過去の辛い記憶がフラッシュバックするわけです。

 

ただ僕らがするのは、トリガーと記憶の関係を英語に応用すること。

 

それが悪い方に作用するとPTSDになる。ただ個人的には、英語の勉強で記憶を鍛えていたおかげでPTSDに耐性がついたと僕は思っています。

 

英語で大量の記憶を扱い、トリガーと記憶のシステムを十分に実際に把握していたために僕はPTSDや鬱病を回避してきた部分が大きいと思います。

 

ということで、僕はのちのち呼び起こしたい記憶は、トリガーによって紐づけして無意識の底に保管しておきます。そしてトリガーによって一瞬にうちに無意識の底から意識上へ呼び起こす訓練をしてきたわけです。

 

なぜ生徒と先生で記憶が違うのか?

それで冒頭の話に戻りますが、問題を間違えた生徒と先生の関係では生徒には何もトリガーがないわけです。生徒は突然間違えるわけです。わからない(事前情報が全くない)から間違えるわけで、そこにトリガーなんて存在するはずがありません。

 

一方で先生は様々なトリガーを獲得します。まず先生は予習しています。問題の美味しいところ(トリガー)を知っています。そしてそこで生徒が間違え(トリガー)ます。先生はその生徒の間違えを指摘し、授業で解説(トリガー)します。

 

ちなみにその解説を聞いた生徒は理解したらおしまいです。理解にはトリガーがありません。「わかった」でおしまい。

 

Twitterなんて140文字で様々な「わかった」を積み重ねられますが、何も頭に残りません(苦笑)。そこには理解や共感はあっても、トリガーがないのです。

 

先生と生徒における長年のジレンマが解決して、あぁ学習者はひたすら自分でトリガーを構築し続けなければならないんだなぁと痛感しました。

 

トリガーの所在は?

誰かにトリガーを握られたらあなたは簡単に操作されます。CMや広告はこのトリガーの握り合いです。広告代理店やマーケターはいかにあなたのトリガーを安価に握れないか?を考えています。また、恋愛や合コンなんかも相手はあなたのトリガーを握りたいと思っているかもしれません。

 

また自然発生的に生まれたトリガーはあなたの人生を翻弄します。震災や事故や突然の死などは先ほども挙げたPTSDや鬱病などのトリガーになる可能性があります。

 

トリガーは自分で生み出さなければならないのです。

 

そしてその小さな積み重ねが学習という行為には詰まっているわけです。自分の人生をいかに強く、自分らしいものにするかは、銃口の向けた先ではなく、その引き金(トリガー)によって決まると言えます。