無意識と意識のイメージの古典は、「海と氷山」だと話しました。

 

そんなの知っているとおっしゃる方もいるでしょうが、「海と氷山」のイメージに潜んでいる問題を指摘できるでしょうか?

 

よろしければ「海と氷山の話とジレンマ」も読んでみてください。読んでもらった方が、これからの話がよりリアルに響くはずです。

 

僕が英検準1級を取得した後くらいのとき、僕の中にはあるイメージが浮かびました。

 

言語って家のようだ、と。

言語の家

僕はそれまで日本語の家に住んでいて、そこにしか人を招待することができませんでした。要するに、僕が自分の話をするとき、日本語を用い、相手は僕の日本語を聞いているわけです。

 

僕の思いは日本語を経由して、日本語で相手に届くわけです。ある程度親密なコミュニケーションが成立している場合、相手は僕の日本語に包まれているわけです。もちろん、相手の話を僕が耳を傾ける場合には、相手の日本語世界に僕は包まれます。

 

そういう個人の日本語世界って、まるで一軒家のようだと思ったのです。

 

普通の人は、一般的な二階建てに住んでいるイメージです。でも時たま、堅牢な城塞のような日本語を話す人もいれば、吹きっさらしのあばら家みたいな日本語を話す人もいます。

 

子供は真新しい完成途中の小屋みたいな日本語を使い、老人はやはり建物に生き様を感じる日本語です。

 

そういうその人固有の日本語世界は、その人の家で、自らの話をする場合、相手と親密なコミュニケーションを取りたい場合は、その自分の家に招待しなければならないのです。いつまでも立ち話や居酒屋など(外部世界)で話すだけでは、関係は発展しないからです。

 

恋人ができたら、一緒に二人きりで自分の部屋で話をしたいでしょう?

 

そういう日本語の部屋を、人はそれぞれ持っているように思ったのです。

 

英語の家の出現

なぜそう思ったのかというと、英検準1級を取ったくらいのときに、僕は英語の家も持ったと思ったからです。日本人の友人は日本語の家に招待しますが、英語圏の人には英語の家にも招待できるようになったと感じたのです。

 

実際の資産ではありませんが、僕の心の中には日本語の家と英語の家が建っているわけです。見えないけど、資産が増えたわけです(笑)。

 

心の中の資産が増えたことで、僕にはゆとりが増えました。招待できる人が増えたので世界は広がり、それを元に具体的に仕事を広げることも可能になります。

 

英検準1級という目に見える資格も重要ですが、それ以上に僕の中には確実に資産が増えたということの方が重要でした。

 

ただもちろん心の中の資産でも、放置しているとどんどん荒廃していくので注意が必要です。ただ、リフォームや内装工事や二階建てから三階建てなんかの荒業も時間をかければ割と簡単にできます。なぜなら心の中の建物だからです。

 

英語の勉強とは?

そうやって僕は、英語の家を獲得しました。そして、それまでコツコツやってきた英語の勉強というのは、英語の家を少しずつ建設していく作業だったのです。

 

おそらくここまで明確に英語ができなかった人間が、英語を後天的に獲得するという状況的変化を説明した人はいないんじゃないかと思います(僕は読んだことない)。

 

ということで、英語を実際に使えるものにしたかったら英語の家を建てましょう。自分の日本語の家を欧米風に改装してもダメです。そもそもの建設物としての土台(文法や文化)が違うからです。

 

英語に関して言えば、ここまでの理解でいいのかもしれません。

 

実際、僕が英検準1級を取った後(2017年7月)は、この自分の英語の家に満足していました。

 

家が嵐に見舞われる

しかし、その後の2017年10月に僕の親友が突然死んでしまいました。

その辺の具体的な経過はこちら→2018年に起こったこと

 

僕の日本語の家は嵐に包まれました。僕が今までに体験したことがないくらいの嵐で、その風と雨とそれらによって巻き上げられた木の枝や空き缶や泥なんかは僕の日本語の家に激しくぶつかり、壊れてしまうのではないかと思いました。

 

その嵐に見舞われていたのが、2017年末までです。僕のまた別の友人たちが僕を嵐から救ってくれました。

 

しかし、その猛烈な嵐の後に、僕の日本語の家には大きな変化が起きていました。

 

そこには今までなかった地下室への扉があったのでした。

 

続き→言語の家と地下室とブラックホール