僕は英語という言語を身に着けるうちに、日本語の家と英語の家を獲得しました。

 

その辺についてはこちら→英検準一級後の変化

 

僕は家と言っても、それまで日本語の家の居間くらいしか意識していませんでした。僕の言葉に居心地の良さを感じてくれる人と一緒にリビングスペースで談笑しているイメージです。

 

しかし、親友の死とと共に訪れた嵐の後に残った僕の日本語の家には、地下室への扉があったのです。

 

そのドアは家に突然「現れた」とも言えますし、「見えるようになった」とも言えます。逆に言えばそのとき以外は僕がドアを「意識していなかった」だけで元からその扉はあったのかもしれません。

 

僕は特に何も考えず、地下室の扉を開けて、それが自然であるように地下室に降りて行きました。

地下室で見たもの

地下室は、アメリカ映画に出てくる一般家庭にあるような地下室のようでした。薄暗く、外の日の光は届きません。

 

装飾もなく、むき出しの板張りのその地下室には、僕の過去の思い出がほこりをかぶりながらもほぼそのままの形で残されていました。

 

そこには大きな四角い箱があって、そのふたをギギギっと持ち上げると、その中に僕の思い出が保管されているわけです。

 

また箱の外にも思い出のものや写真が棚に飾られたり、置かれたりしています。

 

たぶんここは僕が思い出として残しておきたかったものが残されている場所なのです。大切なものもあれば、捨てるにすてられなかった思いのようなものもあります。

 

普段は意識しなくても、僕の心に残っているものが集積された場所がそこにありました。

 

そんな地下室には、当時大きな穴が開いていました。

 

地下室のブラックホール

地下室の隅のほうには大きな穴が開いていました。大きさは人が一人通れるくらいのもので、穴のふちは乾いておらず湿っていました。触ればボロボロと崩れて穴は大きくなりそうでした。

 

その穴には引力があり、僕の思い出を少しずつ吸い込んでいるようでした。特に、僕の親友との思い出を吸い込んでいきました。

 

僕と親友とは小学校からの出会いでした。20年以上の思い出がありました。その思い出が少しずつ、その穴に飲み込まれていくのです。

 

例えるなら、僕の家の地下室が宇宙船で、宇宙船の壁に穴が開いているわけです。気圧の変化で穴の外にどんどん船内のものが出て行ってしまうのです。

 

僕の地下室は地下室として一定の気圧と重力を保とうとしていますが、それとは異なりさらに強力な引力を持つ世界が穴の外にはあるわけです。部屋にしっかりと固定されていないものは、穴の外にビュンと飛んでいってしまいます。

 

消えつつある思い出

僕の親友との思い出は、つなぎとめるものがなくなりつつありました。親友が死んだことで、答えの半分は消えてしまったからです。しかも僕が生きている間は永遠にわからないのです。

 

例えば、僕と親友は本当に親友だったかさえあやふやに感じるのです。あいつがいたときはそんなこと迷うこともありませんでした。僕らは親友であり、相棒でした。

 

しかし、あいつは僕を置いていなくなってしまったのです。本当に親友だとしたらそんなことをするでしょうか?そういう疑問が果てもなく湧いてくるのです。しかも答えは生きている間には絶対に出ません。答えの持ち主がもういないからです。

 

そうやって宙ぶらりんになった僕の思いたちは、どんどんと穴に吸い込まれていくようでした。

 

それまで個人的だった思い出は、どこか穴の先へと消えていきそうになるのです。

 

僕がすべきことは何だったのでしょうか?

 

穴への対処法は?

選択肢としては「穴を埋めてしまう」というのがあると思います。でも、僕は何で穴を埋めればいいのかわかりませんでした。

 

その穴は親友の死が確実に影響していました。親友の死を他の何かで埋めることは僕にはできません。あいつに代わりはいないからです。

 

もしも僕がそのとき、他の友人でその穴を埋めようとしたら、その友人が穴の中に落ちていってしまったのではないかと思います。そして僕にはもう会ってくれなくなってしまったのではないかと思うのです。

 

もちろんその穴を、女性で埋めても同じです。

 

あいつの代わりはおらず、その穴を他の人で埋めるなんてできないのです。

 

次の選択肢は、「穴にすべて吸わせてしまう」です。

 

つまり、親友との思い出を消していくのです。あいつがいなかったことになれば、悲しみや辛い思いそのものが消えます。忘却は癒しにもなるのです。

 

しかし、これもできません。親友との思い出で辛かったのは、彼の最期の2年ほどの期間です。それ以外は楽しい思い出ばかりです。

 

また僕の人生のかなりの割合を占めた人物をいなかったことにするなんて、僕の人生が欠落してしまいます。

 

あいつは確かにいました。忘れることなんてできないのです。

 

あとは「穴を大きくする」とかでしょうか。穴のふちは固まっておらず湿っていました。だから、穴のふちを自分で削れば大きくなります。

 

これはいわゆる自暴自棄というやつですね。穴を自分から大きくして、たき火に古紙をくべるように自分にとって都合の悪い思い出をその穴に捨てていく。

 

もちろんそんなことはしませんでした。そんなことをしたら悲しむ人が増えるだけだと、本能的にわかっていました。

 

結局、僕がしたこと

結局、僕がしたことは「その穴はそのまま」にしておくことでした。

 

そして、その穴の奥の世界を覗くための探索に出ようと思ったのです。

 

続きます。