『スリービルボード』という映画は、娘を殺された母親の犯人探しに警察や町の住人が巻き込まれていった映画と言えると思います。

 

まだ見たことがない人への『スリービルボード』についてはこちらをご覧ください。

『スリービルボード』初見の楽しみ方

ちなみにネタバレは全然していませんから、読んでも楽しめますのでご安心を(笑)。

『スリービルボード』の裏設定と注意

ところで、一度見たことがある人は、そのストーリー展開の巧みさとラストの犯人についての緊張感を味わったと思います。しかし、あまりにもこの映画のストーリーがよく出来すぎているために、見えなくなっている裏設定があるのです。

 

ここからはちょっとだけネタバレします。ただ事件の犯人やラストについては言及していません。

 

それでもやっぱり一回はこの後の記事を読まないで見た方が『スリービルボード』を楽しめます。

 

また、一度でもこの記事を読んでしまったら『スリービルボード』の初見の方のみが楽しめる見方ができなくなります。ご注意ください。

 

『スリービルボード』の美しい表面

この映画の冒頭から3つの看板広告が出て一貫して犯人追跡の主人公の意志を我々視聴者は共有することになります。

 

そして犯人は今どこで何をしているのか?という大前提の疑問を我々は映画の中から探そうとします。

 

ヒントはストーリーの中、登場人物同士の人間関係、絶妙なセリフの中にあるわけです。そして、ラストには犯人について急展開を見せます。

 

それらがあまりに一級品なため、この映画の本質が逆に隠されてしまっているのです。絶世の美貌の持ち主は、その美しさがあまりに際立ってしまっているために、その人物の本当の性格が隠れてしまっているように。

 

この映画が描きたかった本質とはなんだったのでしょうか?

 

『スリービルボード』の謎を解くヒント

まず、ヒントはすべて映画で描かれています。

 

・広告出稿のタイミングは、事件から7か月後。

・その7か月間、母親は息子を学校に送るために看板のある道を通っていた。

・自宅のブランコからは看板広告の裏が見える。

・主人公は看板広告の下に花を育て始めた。

・また看板広告の下で出会った鹿を真っ先に娘の生まれ変わりと連想した。

・主人公は看板広告が焼かれた際、命を懸けて消火にあたった。

 

なぜ7か月目に広告を出そうと思い立ったのか?

なぜ看板広告を花で彩る必要があったのだろうか?

なぜ鹿を娘と連想したのか?

なぜ看板の消火に命を懸ける必要があったのか?

 

これらからわかるのは、主人公にとっては犯人の発見が最優先ではないということです。事件から7か月後の主人公にとっては、犯人の発見以上に娘のために3つの看板広告を出したことの方が重要だったのです。

 

なぜ看板広告を出したのか?

なぜなら看板広告を出すということこそが、自分が娘のためにできる数少ないことだったからです。

 

つまり主人公にとって、犯人の追跡というのは表面的なものであり、本心は「娘のために自分ができることをしたい」ということになります。

 

3つの看板広告は、事件の捜査の進捗のためではなく、娘への母親としての心の拠り所であり、希望に近いものです。現実的な犯人逮捕という目的以上に、彼女のやり場のない心を埋める目的となっているのです。

 

まず事件発生から7か月後というのは、確かに警察側の捜査が手詰まりになっていた時期とも言えますが、それは一般論です。また客観的に考えても警察の捜査が難航しているのは3か月もしたらわかります。つまり7か月目である必要はないのです。

 

さらに主人公からの視点が欠如しています。

 

被害者の母親の7か月後

彼女は、事件発生直後や3か月後も、彼女は3つの看板が立つ通りを息子の通学のために通っていました。しかしその際は「看板広告を出そう」とは思っていないのです。

 

なぜか?警察の捜査にしびれを切らしたから?違います。それならば先ほど言ったようにもっと早いタイミングがあるはずです。

 

彼女は母親です。娘を亡くして7か月たった母親の気持ちをこの映画は描いているのです。

 

彼女の本心は、事件から7か月たって娘について何もすることがなくなりつつある自分への悲しみや虚無感があるのです。それに対する希望や救いを看板広告に求めたのです。

 

看板広告は案の定、広がりを見せました。犯人追跡が目的だとしたら機能的にはそれで十分なのです。

 

しかし、彼女は看板広告の下で花を育て始め、彩りを加えていきます。看板の下では穏やかな表情を見せ、偶然鹿が現れたら真っ先に娘の生まれ変わりを連想します。

 

看板広告自体が彼女についての目的であり、救いであり、希望なのです。

 

だから広告が燃やされたら、息子が制止するのも聞かないくらいに命を懸ける必要と価値があるのです。

 

喪失と再生のためのドラマ

そうです。この映画は、殺人事件の犯人追跡という一級のサスペンス映画でありながら、家族を失った人間の喪失と希望を描いた再生のためのドラマでもあるのです。

 

ここまでわかれば、あんなシーンやこんなシーンがもっと深みを持ち、さらに輝き始めるんじゃないでしょうか?

 

ということで、もう一度見てみても違った味わいができる素晴らしい映画ですね、『スリービルボード』。